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悲劇が起こりました。主は残虐に処刑されました。悲劇が起こると、それは人々をバラバラにするか、呼び集めるか、どちらかの力があります。それはまた、人々を神から引き離すか、より近くさせるかの力もあります。悲劇のために通常の役割から引き離されたり、または悲劇のためにさらにその役割にしがみつく人を見るでしょう。他に何をしたら良いのかわからないこの2人のマリヤと、サロメは、死人が埋葬されているところを囲みながら、伝統的なパターンに陥りました。彼らは3日目に早く起きて、イエス様の身体に油を塗りに行こうと墓に行きました。彼女らが歩いていくと、そのうちの一人が石は重いからどうやって動かそうかと話をしました。しかし彼女らが墓に行って見ると、それは思っていたこととは違いました。石はすでに動かされて、奇妙な男がそこにいました。
青年は言った。「驚いてはいけません。あなたがたは、十字架につけられたナザレ人イエスを捜しているのでしょう。あの方はよみがえられました。ここにはおられません。ご覧なさい。ここがあの方の納められた所です。ですから行って、お弟子たちとペテロに、『イエスは、あなたがたより先にガリラヤへ行かれます。前に言われたとおり、そこでお会いできます。』とそう言いなさい。」女たちは、墓を出て、そこから逃げ去った。すっかり震え上がって、気も転倒していたからである。そしてだれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである。
この女達は神が行ったことによって完全に吹き飛ばされました。こんなことが起こるとは想像もしていませんでした。主が行うことのへの準備はできていませんでした。私は彼女達の気持ちがわかります。そこにはもうない身体に油を塗りに行くために、石をどうやって動かそうか心配しながら墓まで行った、この3人の立場に自分がなることがよくあります。私は神より前に進もうとする傾向があります。神が私には望んでいないことをしようとするのです。私は神学校にいた時、日本に行って何をするつもりかについて長い論文を書きました。私は、任務戦略について長い論文を書き、福音伝道と牧会について最も良い方法が何であるかを書きました。しかし、私がここに到着した時には、神は他の計画を持っていました。私はすでに蘇った身体に油を塗るために石をどうやって動かそうかと心配していたのです。
時々私は、神が私の計画に従ってくれないことに腹をたてます。主よ、私は勉強に忠実であり、計画に忠実であり、来るために忠実であり、仕事に忠実であります!しかし何故あなたは忠実でないのですか?この女達もイースターの朝は忠実でした。日の出に起床し、イエス様に従うものであるということで、権力者によって迫害を受けるかもしれないにもかかわらずやって来たのです。彼女達はイエス様に怒りを抱いたかもしれません。「私達は様々なトラブルを乗り越え、あなたに油を塗るために来たのです。それなのに死んだままでいるという常識的な礼儀さえも持っていないのですか。」「少なくとも私達がやってくる前に私達に知らせることができたはずです。そうしたら香料に費やした節約できたのに。」勿論これは馬鹿げたことです。彼らは怒っていませんでした。彼らは吹き飛ばされたのです。なぜならその事実の中に、神によっては私達が行うことに限りがないことを見たからです。神は神ご自身の計画を持っており、私達に頼らないのです。神によって吹き飛ばされたことが今までありますか?それは、時にはひどく脅ろかされるかもしれません。
私はスキーが大好きです。3歳でスキーを始め、高校時代にはしばしばスキーへ出かけました。学校が終わると、夜スキーへ行くために、母の車で山まで運転します。かつて山への途中の道で、雪で覆われた道のカーブに達した時、車が回転し続けたことがありました。私は正しい方向に操縦をしていましたが、車は車自身の意思を持っていました。黒い氷結にあたりました。タイヤはもう道路にじっとしていることができず、私は恐ろしい思いをしました。しかし、主を賛美します。車は道路の中央で何度かただ回転しただけで止まったのです。私は、これは神によって吹き飛ばされるという思いに最も近いものであるかと思います。違いは、ただの自然ではなくて、私たちの父、神の力なのです。氷は、私が生きるか、死ぬかについて気にはしませんが、神は「すべてのことを働かせて益としてくださる」と私たちに約束しています。
先月私は吹き飛ばされました。私は私の計画を持ち、神は神の計画を持ち、そして私は負けました。競争ではありません。私の計画は、テントメーカーになることでした。私は、日本に来て以来、パートタイムの仕事をしていたので、故郷の教会にお金を頼ったり、この教会に重荷になることなく、自分の生活を十分支える事ができました。私の計画はこの教会を助け、遅かれ早かれ大学教授になることでした。しかし突然私は教会指導と仕事に忙しくなり、自分と自分のゴールの間の障害物をどうやってなくすかについて考えました。神は計画を変えました。私は恵比寿ガーデンプレイスにあるウエスティンホテルで、新しく教会を始めることを依頼する電話を受けました。最初電話が来た時は、私は墓での3人の女達のようであったかもしれません。私は唖然としました。これまでホテルの方からやって来て、その礼拝堂で礼拝をするように教会に頼むなんて誰も聞いたことがありません。私達は集会の場所を確保し、このように日曜礼拝のために場所を借りるということにとても苦労をするのです。そして突然、ここに私たちの想像を超える場所があるのです。
その頃、私は主に祈っていました。私は何を今しているのですか?これはあなたが私に望むことなのですか?そして私が聞いた全てのことは、そうです、進みなさい、でした。しかし「でも十分な時間があるのですか?」という2,3の声もありました。私は「勿論、時間は作ります。例えもう少し一生懸命働かなければならないとしても、この機会を逃す事はできないのです。」と思いました。それは、神が私を吹き飛ばした時のことです。ウエスティンへの計画は進みました。私達はカンボジア任務のために出発しようとしていました。出発の前日、私の仕事場での上司が私を彼のオフィスに呼び出し、10月以降私の契約を更新する事ができないと言いました。ドカンと、車がコントロールがきかずに回転し始めました!私は、実際2、3度会社と自分の契約書を書いたことがありました。私はその晩理恵にそのニュースを告げ、カンボジアへ一週間旅立ちました。私達に何が起こったのか、どうやって請求書の支払いをしようかと考えながら、私は恐ろしくなりました。私にはコントロールができないことでした。ホセは自分が恵みの台風の中にいるような感じがすると2,3週間前に私に話をしてくれました。彼もまた神に吹き飛ばされていたのです。私達2人とも、神はご自分の計画を持ち、私達には頼らないという事を学んでいました。
さて、週の初めの日の朝早くによみがえったイエスは、まずマグダラのマリヤにご自分を現された。イエスは、以前に、この女から7つの悪霊を追い出されたのであった。マリヤはイエスといっしょにいた人たちが嘆き悲しんで泣いているところに行き、そのことを知らせた。ところが、彼らは、イエスが生きておられ、お姿をよく見た、と聞いても、それを信じようとはしなかった。その後、彼らのうちのふたりがいなかのほうへ歩いていたおりに、イエスは別の姿でご自分を現わされた。
私達の主について信じられないことは、彼は2度目のチャンスの神であるということです。天使は、マグダラのマリヤに、行って、弟子たち、特にペテロに話すように言いました。しかし、彼女はあまりにも恐れました。彼女は誰にも話さず、ただ庭の周りをうろついていました。そしてイエス様は彼女に姿を現わしました。私達はしばしばイエス様は本当に霊的な人、スーパークリスチャンにのみ、現われると思ってしまいます。しかし実際は最初に、乱雑であった人々に現われたのです。出かけていって、イエス様がよみがえったことを言うのがあまりにも恐ろしいと感じていたマリヤにです。イエス様を諦め、家に帰ろうとイメイヤスへの道を歩く2人、イエス様を3回否定したペテロ。私は完全な人をめったに祝福しないイエス様を見ます。代わりに、脱落している人を励ますためにご自分の時間を費やすのです。
しかしそれから後になって、イエスは、その11人が食卓に着いているところに現われて、彼らの不信仰とかたくなな心をお責めになった。それは、彼らが、よみがえられたイエスを見た人たちの言うところを信じなかったからである。
マリヤが最初に弟子達に話をした時には、彼らは信じませんでした。道でイエス様に会ったという2人の話も信じませんでした。しかしイエス様が弟子たちにご自分の姿を現わした時、彼が何をしたのかということを弟子達はなかなかわからなかったので責めました。そしてまた彼らを励ましました。
私は、時々神によって吹き飛ばされることは必要不可欠であると確信します。それはいつも楽しい事ではありませんが、もし神の道を進むなら、それは必須です。私は先月解雇されたことを非常に嬉しく思います。神が言う事を聞く準備が出来ていなかった時、彼は私の頭を超えて、私の人生をコントロールしました。そして、私はこれが私の益になることだと知っています。今月から、私はインターナショナルサービスと、ウエスティンでの新しい会衆のフルタイムの牧師になります。私は、神が私の家族の必要を備えてくださると信じます。私の契約のことがわかる直前の9月下旬に起こった神との体験をシェアさせてください。私は自分の家の後ろにある丘に早朝の散歩をしていました。そして教会、家族について祈っていました。花が私の目に止まりました。それは道端に咲いている美しい一本のゆりでした。私は膝まずき、主が私の心を捕えたこの美しさを神に賛美しました。「野のゆりがどうして育つのか、よくわきまえなさい。働きもせず、紡ぎもしません。しかし、わたしはあなたがたに言います。栄華を窮めたソロモンでさえ、このような花の1つほどにも着飾ってはいませんでした。きょうあっても、あすは炉に投げ込まれる野の草さえ、神はこれほどに装ってくださるのだから、ましてあなたがたに、よくしてくださらないわけがありましょうか。」(マタイの福音書6:28-30)そして主は私に、「振り返りなさい」と言い、振り返ってみると、丘全体がこの美しいゆりで覆われてるのを見ました。私は泣きました。ただ泣きました。イエス様は私にあなたをとても愛してます。心配してはいけません。私があなたの世話をします。と言ってくれました。私は神のこの約束を握りしめ、神を信頼しようと思います。
それから、イエスは彼らにこう言われた。「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。信じてバプテスマを受ける者は救われます。しかし、信じない者は罪に定められます。信じる人々には次のようなしるしが伴います。すなわち、わたしの名によって悪霊を追い出し、新しいことばを語り、蛇をもつかみ、たとい毒を飲んでも決して害を受けず、また、病人に手を置けば病人はいやされます。」主イエスは、彼らにこう話されて後、天に上げられて神の右の座に着かれた。そこで、彼らは出て行って、至る所で福音を宣べ伝えた。主は彼らとともに働き、みことばに伴うしるしをもって、みことばを確かなものとされた。